イーサリアムの歴史

ビットコインの次に有力な仮想通貨とされるイーサリアムですが、これまでどういう経緯を辿ってきた仮想通貨なのか、その歴史についてご紹介しましょう。
まずこれが一番最初に公開されたのは、2014年の2月となります。
仮想通貨自体が比較的最近になって登場したものですから、公開されてからの日数は比較的浅めです。

現在ではビットコインと並んでおすすめされる主要な通貨になっていますが、公開当初はもちろんそんなに高い値段はついていません。
当初の価格は非常に安く、プレセールのときは50円以下、公開されて値段が伸びた後も2000円以下といった価格でした。
これは現在のイーサリアムの価格からするとかなりの激安価格ですが、公開当初が50円以下だったことを思えば、公開後にかなり値段が伸びた仮想通貨となります。

その後も極端な下落はしないものの、極端に値段が上がることもなく、価格は1万円以下の水準が続いたのです。
これが現在の価格にどうつながるのかというと、あるときを境に値段が1万円を超え、そのあと、しばらく急激な値上がりが続き、価格は一気に4万円を超えたのです。
その後、また一気に値段が下がり、一時は2万円を切るところまで落ちたものの、また右肩上がりで値段を上げ、また急激に下がるといった動きを繰り返すうち、1ETHで5万円ほどの価格が標準となりました。
そしてそこからまた急激な値上がりが来て10万円近くにまで値段を上げ、その直後、さらなる急激な値上がりにより、一時は15万円を超える値段がついています。

これが現在ではどうなったかというと、この高騰は一時落ち着き、値段は10万円前後のところまで下がっています。
このような経緯を経て、イーサリアムの値段は現在の水準に達しました。
この仮想通貨の1つの歴史として、知っておくといいでしょう。

なお、このような価格の推移をみると、イーサリアムは非常に順調に運営されてきたように見えるでしょう。
実はイーサリアムには大きな事件も起きており、これもこの仮想通貨の歴史として有名です。
仮想通貨はハッキングされると通貨が流出するリスクがあるのですが、イーサリアムはこれを実際に経験しています。

過去に他の通貨経由でハッキングを受け、当時の価値にして60億円以上のETHが流出したのです。
この事件はハードフォークによって帳消しにできましたが、その措置に反発したグループが離れ、新しくイーサリアムクラシックという新しい仮想通貨を作るという分裂騒動にもつながりました。
このような歴史を持っていますが、それでもユーザーが完全に離れることはなく、現在でも評価の高いアルトコインとなっています。